【株式の分散リスク】「辞めた元役員・元従業員が株を持っている」が招く将来のデッドロック

「創業時はお金がなかったから、初期メンバーには給料代わりに株を持たせて頑張ってもらった」。

起業という青春の1ページは、会社が成長し、いざ大型の資金調達やM&A、IPO(上場)に挑む際、最悪の悪夢へと変わります。

投資家や買収先は、すでに経営に関与していない「謎の元社員」が株を握っている状態(資本政策の歪み)を極端に嫌います。
「彼らの株を買い取らない限り、この話は白紙だ」と通告されるのが実務のリアルです。
ここで辞めた元社員が「1億円なら売る」と法外な要求をしてきたり、音信不通で連絡すらつかなかったりした場合、会社の重要な意思決定は完全に止まります(デッドロック)。

散らばった株を強制的に回収する「スクイーズアウト」という法的手続きもありますが、株主総会の特別決議(3分の2以上の賛成)が必要な上、複雑な手続きと多額の弁護士費用が飛びます。
さらに相手から「買取価格が安すぎる」と裁判を起こされれば、泥沼の長期戦です。

防衛策は、「退職時には、額面(または簿価)で会社に株を強制的に売り渡す」という株主間契約書を事前に結ばない限り、従業員に生株を絶対に渡さないこと。 もし既に渡してしまっているなら、その社員が辞める瞬間に、社長が借金をしてでも必ず買い戻してください。株式とは「会社の心臓(リモコン)」です。社外の他人に心臓を握られたまま、経営のアクセルを踏むことはできません。

創業メンバーの暴走を防ぐ「株主間合意書」のコア条項例

以下は、代表取締役(甲)と、共同創業者・取締役(乙)の間で結ぶことを想定した、絶対に外せない「防衛条項」の抜粋です。

第〇条(退任時の株式譲渡義務・コールオプション)

  1. 乙が、理由の如何を問わず当会社の役員または従業員の地位を失った場合(以下「退任等」という)、甲は乙に対し、乙が保有する当会社のすべての株式(以下「対象株式」という)を、甲または甲が指定する第三者に譲渡するよう請求することができる。
  2. 乙は、前項の請求を受けた場合、直ちにこれに応じ、対象株式を譲渡する手続きを行わなければならない。

【実務の狙い】 「辞めるなら株を置いていけ」というルールです。これがないと、会社を去った人間や敵対した人間が株を持ち続け、一生経営の邪魔をされるデッドロック状態に陥ります。

第〇条(譲渡価格の算定基準)

  1. 前条に基づく対象株式の譲渡価格は、原則として**「乙が対象株式を取得した際の1株あたりの払込金額(出資額)」**とする。
  2. ただし、退任等の事由が乙の死亡、または会社都合によるものである等、特別な事情がある場合は、甲乙(またはその相続人)協議の上、「直近決算期における1株あたりの純資産額」を基準に別途定めることができる。

【実務の狙い】 ここを「時価」にしてしまうと、会社が成長した後に辞めるメンバーから「1億円で買い取れ」と法外な要求をされます。「初期に出資した額面通りで買い戻す」と決めておくことで、スムーズかつ安価に株を回収できます。

第〇条(事前の株式譲渡制限・先買権)

  1. 乙は、対象株式の全部または一部を第三者に譲渡、担保設定、その他の処分をしようとする場合、あらかじめ甲に対し、譲渡条件を明示して書面で通知し、甲の事前の書面による承諾を得なければならない。
  2. 前項の場合、甲は、第三者に優先して自ら対象株式を買い取る権利(先買権)を有する。

【実務の狙い】 会社法上の「株式譲渡制限」を定款に定めている会社がほとんどですが、当事者間の契約でも「勝手に第三者(競合他社や反社など)に株を売るな。売るならまず代表である私(甲)に声をかけろ」と二重で縛りをかけます。

第〇条(競業避止義務および秘密保持)

  1. 乙は、当会社の役員または従業員である期間中および退任等から満2年間、当会社の事前の書面による承諾なくして、当会社と直接または間接に競合する事業を自ら営み、または競合する第三者の役員、従業員等に就任してはならない。
  2. 乙は、在職中に知り得た当会社の技術、ノウハウ、顧客情報等の営業秘密を、退任後も第三者に開示、漏洩し、または自らのために使用してはならない。

【実務の狙い】 株の回収とセットで必ず入れるべき条項です。株を買い戻した後に「会社のノウハウを使って隣でライバル会社を作られる」という最悪の展開を期間を区切って防ぎます。


【最後に:契約のタイミングがすべて】

これらの条項は、相手にとって非常に厳しい内容です。だからこそ、事業が成長して株に価値がついてからでは、欲が出て絶対にサインしてくれません。「会社を設立する直前・直後」の、まだ株の価値が1円もなく、互いの信頼関係が最も高い時期にハンコをもらうこと。 これが経営リスク管理の最大の鉄則です。